
Wisp
If Not Winter
Wisp
If Not Winter
- release date /2025-08-01
- country /US
- gerne /alternative-rock, dream-pop, grunge, shoegaze, slowcore
サンフランシスコ出身のシューゲイズ・アーティストWisp(本名:Natalie R Lu)の1stフルアルバム。Billie Eilish、Kendrick Lamar、Lady Gagaといったトップアーティストを擁する大手レーベル Interscope Records からリリース。
Wispのバイオグラフィー:TikTok発のシンデレラストーリー
Wispのバイオグラフィーはご存知の方も多いでしょうが、先に軽くおさらいしておきます。
当時18歳のNatalie R Luが発表した“Your Face”がTikTokでバイラルヒットとなり、これを契機にInterscope Recordsと契約し、本格的にキャリアを始動。2024年にEP『Pandora』をリリースし、2025年にはCoachellaへ出演。System of a DownやDeftonesといった大物アーティストのオープニングアクトにも抜擢され、現在進行系でライブバンドとしても急速に進化を遂げています。
そんなシンデレラストーリーを含め、いまシューゲイズ好きの間で最も熱い注目を浴びているのがWispなのです。
詳しいバイオグラフィーはこちら▶Wisp『Pandora』レビュー
サウンド面の進化と制作陣
約1年の制作期間を経て完成した本作は、Wispの魅力をスケールアップし、シューゲイズの限界を拡張する冒険心に満ちた作品となりました。ミキシングはLars Stalfors(St. Vincent、Soccer Mommy)とStephen Kaye(Laufey、Ziggy Marley)、マスタリングはRuairi O'Flaherty(Phoebe Bridgers、boygenius)が手掛け、音質が飛躍的に向上。歪んだギターが炸裂しても耳障りにならず、シューゲイズらしい儚いウィスパーボイスの細部まできちんと聴き取れます。前作『Pandora』と聴き比べると一目(耳)瞭然ですね。
注目曲ピックアップ
#1 “Sword”
フォーク調のギターと霧のように儚い歌声でゆったりと幕を開け、突如として力強いドラムが加わり、一気に轟音を解き放つ。夢心地のリスナーを一瞬で現実に引き戻し、物語の始まりを鮮烈に告げるオープナー。
#5 “Guide light”
My Bloody Valentineを彷彿とさせるサイケデリックな轟音シューゲイズ。徐々にダウンテンポになり、ヘヴィさを増していく展開は、重轟音好きなら歓喜不可避。
#7 “If not winter”
スロウコア風にしっとりと離別の哀しみを綴る。アウトロの切ないピアノが追い打ちのように涙を誘う。
#8 “Mesmerized”
Wispとしては珍しいアップテンポなナンバー。サビメロの飛翔感がたまらない。
#9 “Serpentine”
柔らかな叙情とキャッチーさのバランスが光る一曲。歌メロには the brilliant green や大野愛果など、90〜00年代のJ-POPの香りもかすかに漂う。
#11 “Black swan”
再びKrausと手を組んだWisp史上トップクラスのヘヴィシューゲイズで、本作のハイライトの1つ。轟音を切り裂く美しいボーカルに息を呑む。前作のKrausプロデュース曲『Pandora』と対になる配置なのも興味深い。
#12 “All i Need”
アコースティック調の牧歌的なナンバー。雪解けを経て、緑豊かな草原へと歩みだした─そんな光景が浮かんできます。
多彩なプロデューサー/コンポーザーが参加しているのに世界観が全くブレないのは、まさにプロの仕事。一連のミュージックビデオも、Wispがお城で助けを待つヒロインに扮したり、甲冑をまとった騎士へと変わったりと、ファンタジックな世界観で統一されています。これもアルバムの物語性を強固にしている要因の1つでしょう。(『Pandora』では天使の姿でしたね)
シューゲイズ界への貢献と未来予測
新たな挑戦を取り入れつつ、Wisp流のシューゲイズをとことん磨き上げた珠玉の12曲。個人的にかなりハードルを上げて臨みましたが、『Pandora』を遥かに凌駕するほどの感動がありました。ヒット曲“Your Face”誕生の経緯から、『Pandora』では批判も少なからずありましたが、本作では全曲にコンポーザーとしてNatalie R Luの名前がクレジットされており、制作に深く関わっていることは明白。TikTokが創り上げたスターだと揶揄するのは、もはやナンセンスでしょう。本年度、いやここ数年のシューゲイズ界を代表するにふさわしい傑作。
きっと20年代のシューゲイズ(ニューゲイズ)・ブームのマイルストーンとして後世に語り継がれると思いますが、この作品以後、レッドオーシャン化したニューゲイズがさらに加熱するのか、あるいは収束するのか。いちリスナーとして非常に興味があります。今後の指標となることは確かですが、これを超えるのは並大抵ではなく、業界全体にどれほどの影響を与えるかはまだ未知数。もしかすると、いま私たちは歴史の転換期に立ち会っているのかもしれません。
来日公演への期待、そして次章へ
TikTokのいちシューゲイズ好きだった人物が、ひょんなことから作り上げた一曲が鬼バズり、大手レーベルに見初められ、世界各地をツアーで巡りながら、デビューアルバムを世に送り出す。なんというシンデレラストーリーでしょう。
しかし、これにてハッピーエンド……と言うにはまだ早すぎます。あくまでWispの第一章が終わったばかり。レーベルのバックアップを受けて、コアなシューゲイズ好きだけでなく、ジャンルにこだわりのない一般の音楽リスナーの元にも届き、その反響は厳正に分析されるでしょう。その結果は、シューゲイズ界全体の今後の運命をも左右しかねません。リリース直前のSpotify月間リスナー数は307万。ここからどう推移するのか注目したいところです。
私はいちファンとしてWispの成功と繁栄を祈るばかり……そして、来日公演が実現する日を心待ちにしたいと思います。
さて、冬(Pandora)を乗り越え、春(If Not Winter)を迎えたWispが次に向かうのは、やはり『夏』でしょうか? とことんポップでキャッチーなWispも見てみたいものです。夏への扉は、“Mesmerized”ですでに開かれた……そう感じるのは気が早いでしょうか。
前作のレビューはこちら▶Wisp『Pandora』レビュー